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第3章 意識の構造 

 

超越意識

 意識の三位一体の中で最も魅惑的な響きを感じるのが「超越意識」という意識状態かもしれません。  

 世界中には悟りや解脱、覚醒などと言った顕在意識を超越し た意識状態を体験する、その意識の高みの状態で生活をすることを目指している人達は計り知れないほどいます。それらの人々は禅の修行に励んでいたり、超越瞑想と言われる瞑想やチベット密教、クンダリーニ・ヨガ、その他の秘教的なメソッドを勉強し、実践しながら悟りと解脱、覚醒へ向かって地道な修練を重ねています。近代的なアプローチだと「ヘミシンク」と呼ばれる意識変容を促すテクニックを通じて 超越意識へと至り、覚醒を目指すという方法もあります。  

 超越意識へ辿り着くための道が古のものであれ近代的なものであれ、彼らが普通の意識状態を抜け出て、それとは全く違った世界、違う次元の世界、高位の意識世界へ到達したいと思っていることに変わりはありません。  一言に超越意識と言っても、様々な意識状態があり、それは段階的なヒエラルキーによって際限なく究極の意識へと続いています。

 例えば仏陀の意識状態の階層、キリスト意識の階層、天使の階層とかいった具合に意識の状態に段階があるわけです。  超越意識と書くと、何だか凄いものだ、絶対的だという漠然としたイメージしか湧かないと思うので少し噛み砕いて説明し てみます。  

 日常生活の中で私たちの意識状態を表すのが顕在意識です。前にも書いたように、いま目覚めている状態、自分と他人を区別して、その違いを明確に分かっている、自分を知っていると思っている、 世界を普通に認識している状態です。顕在意識は自己、または自我と呼ばれ、自分は自分であるということです。  

 超越意識はこの顕在意識の枠を超えた意識状態のことを指します。一般的な顕在意識の状態で使われている人間の能力というの は脳が20%ほどしか使われていないことも含めて、とておも限られている、視野の狭いものです。意識の広がりがと ても狭い状態だと言えます。  

 では顕在意識の状態と、超越意識が融合している時の状態の違いをわかりやすく書いてみましょう。  

 顕在意識の状態から、その枠を超えた超越意識の状態へ入る時には、様々な神秘体験を体験をします。神秘体験というのは、それまで経験をしたことのないもの、何か通常の現実を超えている、または想像もできなかった体験をすると言うことです。

 例えば、いきなり人間のオーラが視えてしまったりとか、身体の中が視えてしまったりとか、絶対的な神の響きのような声を聞いたり、精霊や守護霊、天使等の目には見えない存在を視たり、交流を持ったり、幽体離脱や、霊界旅行をしたなどという具合です。普通では体験しないこと、普通の生活にはない神秘的な体験だと思える経験をすることです。

 私がサイキック的に経験してきたことは、普通の人から考えると通常の常識を超えているので神秘的なわけです。

 

至高体験

 一般的に多くの人々は自分の意識の状態を明確に理解しているわけではありません。自分の意識というもの自体に対して知識がない状態、何も知ってない状態です。これが何かの拍子で超越意識の状態へ移動を始めると、そこで様々な神秘体験を経験し始めるということになります。

 例えば宇宙飛行士が地球の大気圏を超えて宇宙空間に達した時に「神の声を聞いた」とか「神の存在を感じた」という話しがあります。臨死体験でも同じような報告が多くなされています。それまでは感じることが無かった絶対的な何かを感じた、体験したわけです。普通の現実には有り得ない、別次元の体験をしてしまったという感じです。顕在意識の状態というのは、とても限られた世界しか認識できない、それを超えた別次元や別の波動密度の世界と交流を持つことが難しいもの です。 

 悟りや覚醒を目指して超越意識の状態へ入りたいと願っている人達は、予期していなかったという意味で、事故的または偶発的な結果としてではなく、意識的にそこへ意図的に達したいという意志、望みを持っています。

 顕在意識を超えた意識状態で経験するものの中で顕著なのが、自分ではない誰か、目に見えない存在的な人格と交流する部分でしょう。テレパシックに頭の中に声が響いてきたり、自分の思考では考えつかないようなアイデアや知識などが流れ込んできたり、顕在意識の状態では経験したことのない実体験をしたりします。それらの経験がなぜ起こるのかと言うと、限られた世界しか経験できない普通の意識状態が開いて広くなるからです。

 わかりやすい例で書くと、電気屋さんでテレビを購入したとします。家に持って帰ってテレビのアンテナを立て、スイッチを入れてテレビを観ると色んなチャンネルで番組を見ることができます。アンテナを通じて沢山の番組がテレビの画 面に映し出されるわけです。しかしアンテナを使っているので 受信できる映像には限りがあり、アンテナの性能や天候の具合によっては受信できる映像も不安定になったりします。この状況をもっと改善したいと思って衛星受信を購読すると、更に多くの番組が安定してみれるようになり、これに光ケーブルなどが加わると、ケーブルで契約をしないと観れない番組が見れる ようになります。  

 これを顕在意識の元で経験する世界観と超越意識の状態で経験できる世界観とに照らし合わせると、顕在意識の元で経験できる世界の幅がアンテナで受信できる幅で、超越意識の元で経験できる世界の広さがケーブルというようなものです。アンテナとサテライトやケーブルの違いは、テレビを買った時に元々ついている機能とは別もので、もっと広い範囲で周波数を安定して拾える何かを付け加えている状態です。  

 顕在意識の状態、普通の意識状態では神秘体験をしにくい理由は、それを可能にする何かの機能が開発されてなく、そのスイッチがオンになってないからです。超越意識の世界へ入るための機能が開発されて、そのスイッチがオンになると、顕在意識で体験する世界を超えた現実を体験できるようになります。

 

変成意識状態

 顕在意識の枠を超えて超越意識の階層へ入る時のことを変成意識状態になると言います。普通の意識の状態を変成させる、変化させるという意味です。通常の場合は普通の意識状態から離れた意識が変成している状態で超越意識的な経験をします。

 超越意識の状態に入り込むために使われている一般的なメソッドが瞑想です。心を落ち着かせて頭の中の雑念を取り払い、呼吸法と併用しながら意識の高みへと上昇するという方法です。瞑想に上手く入ることができるようになると、自分が急に広がった感じがしたり、感覚が研ぎすまされたように感じたり、中には何かしらのヴィジョン(映像)を脳裏の中で視たりという経験が起きてきます。

 NLP(神経言語プログラミン グ)や、ヒプノシス(催眠療法)でも原理は同じです。退行催眠や過去生回帰などを行う場合も、誘導によって意識の状態をセミトランスからフルトランスなどの変成意識の状態に入ることによって脳裏で明確な映像を視たり、過去の経験を再体験したりすることが可能になります。近代的なメソッドだと、ヘミシンクのように右脳と左脳を同時に共振させて変成意識状態へと移行させて同じような経験を可能にすることもできます。

 サイキックの能力の章で書いたトランス・チャネリングやセ ミ・トランスチャネリングという能力も、この変成意識状態の中に入って行われるものです。普通の意識の状態から離れて、トランスまたはトランスに近い状態になって肉体を持たない存 在とコミュニケーションを行うわけです。「意識のスイッチを切り替える」ということです。

 前の章でも書きましたが、チャネリングの変成意識状態は基本4つあります。

・フル・トランス

 完全に意識が切り替わって別のリアリティーに移行して、自意識が無くなる状態

・ディープ・トランス

 自意識が少し残っている状態

・セミ・トランス

 半分くらい意識があり、環境等も把握できる状態

・コンシャス

 完全に意識がある状態で意識状態を変容させる

 

 意識がどれだけ別の状態に切り替わっているかによって経験する、または体験できる事柄が微妙に違ってきます。

 サイキック的な技法で変成状態に入る場合は、訓練次第で自意識を明確に保ったままフルトランスまたはディープ・トランスに近い意識状態へ移行することができるようになります。サイキック的に意識の切り替えが上手くなって洗練されてくると、実際にランプのスイッチをオンにするくらい短時間で変成意識状態に入ることができるようになり、オーソドックスなやり方で座禅を組んで心を落ち着かることからはじめ、段階的なステップを踏みながら瞑想状態に入る必要がなくなります。意識の力を使って脳波を変化させ、体全体の波動と波長域を引き上げるのです。サイキック的に意識を変容させる場合は、明確な自意識があるので、目を開けている状態で多次元的な現実を視たり、感覚機能が広がって様々な波動レヴェルへと同調を始めるので、普通の意識状態の中では有り得ない体験をするようになります。

 

火渡り

 チャネラーやサイキックという肩書きで生きていると、変成意識状態を経験することが普通の人よりも多い訳ですが、それらの経験の中でわかりやすい例として火渡りに挑戦した時のこと を書いてみます。

 火渡りとは書いて字の通りの、火の上を歩くことです。1995年でシアトルに住んでいた時に、ヒーリングやチャネリングを教えてい た生徒さんが何処からか火渡りのワークショップができる男性を捜してきて一緒に出かけました。

 日本では1990年代の初め頃に、よく火渡りのワークショップが行われていました。それに参加した友人たちから話しは聞いていましたが、実際に試したことはありませんでした。奈良の山奥で火渡りに挑戦した女性の友人は「え? こんなに簡単にできるのって感じだったわ。全然熱くも何ともなかったわよ」といとも簡単に歩けてしまうと話してくれたのです。その頃は火渡りと変成意識状態の関係など結びついてなかったので、どうして火の上を火傷もせずに歩くことが可能なのかなどとも思いつきませんでし た。

 まず火渡りの前に、直径2センチくらいで長さが2メートル 少しある長い鉄の棒を曲げるというワークをさせられました。ビルを建てる時に使われる鉄筋の素材で、棒の端を二人で 持って内側に曲げても曲がらない代物です。この鉄筋の棒の片方の端を喉仏の下に当てて、反対側も同じようにもう一人の喉仏の下に当てて二人で向き合って前進して曲げるというワークでした。こんな鉄筋の棒を柔らかくて壊れやすそうな喉仏の下にはめて曲げるというアイデアに気を失いそうになりましたが、本当に曲がるのです。

 その後に薪をぼうぼうに真っ赤に燃やして、まだ燃えている薪を幅1メートルX長さ5メートルくらいに敷き詰め、その上を裸足で歩くというワークが準備されました。火の道の終わりには一本の松明が置かれ、それを目指して歩けというのです。しかし目の前 で燃えている火の道の上を歩けと言われても、そんなの怖くてできませ〜ん状態です。テレビの番組でアフリカのネイティブが真っ赤に燃えている石を口の中に入れる場面を見たことがあったので、究極的には可能だと頭でも理解していても、実際に挑戦しろと言われたら話しは別です。

 トレーナーさん曰く「怖いと思えない時はよく失敗して火傷をする」と言っていました。言い換えると「怖い」と感じれば成功する確立が高くなるということです。論理的に考えると、恐怖という意識状態を超えたところの変成意識の状態になればそれは可能だというわけです。まずは恐怖を克服して、火が燃えている道が氷の道になっているイメージで一気に歩けとコーチングされました。

 この時にまず最初に挑戦したのは、私をその場所に連れて行ってくれた当時のルームメイトです。彼は別に火渡りに参加しに来た訳ではなかったのですが、成り行きで参加する形になってしまい、その他の参加者が恐れをなして口火を切らないので、自発的に最初に挑戦し、一気に歩き始めて勢いで渡り切ってしまいました。そして彼が二度目に挑戦した時には、何と! 歩いて行って折り返し、再び火の上を歩いて帰ってきたのです!片道だけならまだしも、往復でことを成してしまった人がいるわけですから、できないわけではないことが実証されてしまったのです。できるということを見せられたら「やっぱり怖いのでできません」とは言えず、その後に私も挑戦して、無事に渡り切りました。

 燃え盛る火の道を目の前にした時には色んなことが頭をよぎりました。火傷したらどれだけ痛いだろうか? とか、どれだけ熱いのだろうか? とか、渡り切れなかったらどうしようとか、とにかく色んな考えが沸き上がり、最初の一歩が踏み切れません。しかし、そんな私の脳裏とは裏腹に、身体は準備万端と言っているように足踏みして待っているのです。トレーナーがそんな私の状況を見て「身体は歩く準備が整ってるよ」と言われて、そこで決心したのです。

 身体ができると言っているなら、その勢いに乗って終らせてしまえ!  と思ったのです。

 決心して歩き出すまでは瞬間だったのですが、その時に意識の状態が明確に変わったのがわかりました。感覚的な体験ですが後頭部の脳の当たりの何かが半回転して頭頂部に移動するような感じがしたのです。脳の中の何かのスイッチが入ったような感覚です。そしたら一気に歩いていて、視線は道の終わりで燃えている松明の炎だけに集中させて、その時から足元の火など消えてしまい、頭の中は向こうで待っている松明の炎だけになったような感じでした。歩いている間も足の下が火の道だなどとは一切考えず、脳裏では炎の道の変わりに氷の道だと思 い込んで大股の早歩きで始め、4~5秒で渡り終わっていました。歩いている時は普通に歩いている時とは全く誓う感触で、何かの上を歩いている感じはしましたが、熱いとは全く感じませんでした。感覚的に書いてしまうと、どこかでワープしているような感じで、時間という概念と、熱いという概念と、長さという距離が変質してしまった感じでした。

 火渡りの経験で最も印象的だったのは、直前に味わう恐怖感、そしてそれを超えた時から始まる異常と言えるくらいの集中力です。とにかく目の前には道の終わりの松明がドカンと大きくクローズアップされたように捉えられていて、足下の風景などスッ飛んでいました。更には意識の一部が横に外れて、前を向いて目標目指して歩いているのと同時に、それを横から眺めてるようにも感じました。

 火渡り経験で得た感覚と、サイキック的に変容した意識状態に入る時の感覚は全く同じものだとは言えません。サイキック的に意識を変容させる場合は、極度の緊張を呼び起こす恐怖という設定がないのと、歩くという動作がないので、意識変容が発現されるまでの方法が違います。しかし、意識や感覚の広がりと、圧縮されたような集中力という意味では両者ともほぼ同じだと思います。

 

シャーマニックな変成意識状態

 火渡りで経験した変成意識状態というのが一般的にシャーマニックな体験と呼ばれます。シャーマンというのはシベリア北東部から樺太までの地域に住むツングース系諸民族が話すツングース語で、巫師・祈祷師のことを指します。彼らは変成意識状態に入って超自然的な目には見えない存在達とコミュニケーションを行い、予言をしたり、呪術を使ったり、何かを見通したりする職種です。このような超自然的な信仰を元にした宗教や、それが起こす現象、それが基礎になった思想などが一般的 にシャーマニズムと呼ばれます。

 昔のハワイアンやネイティブ・アメリカンを始めとした世界中に存在するネイティブ種族のシャーマン達は、変成意識状態で様々なことを成してしまう能力が報告されています。未来のイベントを見透かしてその動きを変えたりとか、精霊や先祖の霊などのスピリット達を召喚してヒーリングをしたりと言った現代の科学の範囲を超えたことを成し遂げるわけです。

 現在のアメリカで意識の力を開発する目的のセミナーの広告では「カフナやシャーマンなどが入ることができたトランスのような意識状態になって現実を創ることが可能です」などと見出しが書 かれることがあります。近代の意識のメソッドは様々な近代的なテクニックと古の秘儀的な教えから学んだことを結びつけているのです。

 西洋文明が入り込む前の昔のハワイアンの文化もアミニズム的な考え方で成り立ち、存在する全てのものに魂があると考えられていました。アミニズムの世界観からの考え方では、人間を含めた動物や植物などの生きている生物、そして石や鉱物などの無機物、水、風なども含めた全てのものに魂が宿っていると考え、これは日本の神道の考え方にも通じています。

 アミニズムの文化では生きているもの、そうでないものを含めた全ての森羅万象の中に命の息吹を見いだし、その超自然的な力を変成意識状態になって使っていたのです。

 昔のハワイにはカフナ(神官)と呼ばれるシャーマン達が存在し、祈祷や呪術を使って自然をコンとロールすることができたと言われ、口述で残されてきた叙述の中には、まだ冷えきっていない溶岩の上を裸足で歩けたという内容も残っています。中には瞬間的に骨折を治してしまったり、西洋医学では切断しなければいけないような壊疽の始まっている怪我なども蘇生させることもできたそうです。

 近代になって残り少なくなったカフナの一人として名高かったのが、古典フラのグランド・マスターとして名高いイオラニ・ルアヒネです。彼女は生前にホワイトハウスにまで呼ばれて古典フラを披露したこともあり、魚や動物を呼び寄せたり、天候を変えることもできて、それを目の当たりにしている人達が大勢います。

 昔のハワイアンのカフナ達がどうやって超自然な力と結びついて奇跡と呼ばれるような現象を成し遂げていたのかという研究がなされ、それが「フナ」と呼ばれる教えです。そしてフナのテクニックは様々な成功哲学や引き寄せメソッドなど の原型として現在でも使われているのです。

 

▶︎「フナ 隠れている秘密」へ続く

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