第3章 意識の構造 06

 

エネルギーを溜め込んでしまうこと

 

✤ 潜在意識の領域とその構造をどれだけ深く理解することができるか?

 

✤ どれだけ冷静になってコントロールできるるようになるか?

 

✤ 隠れている潜在意識の力と能力をどれだけ使いこなすことができるか? 

 

 以上のような項目が、多次元的な世界を生きて行くために必要なスピリチュアルなセンスの発達、 発育に大きな違いを生んでゆきます。

 

 では顕在意識で操縦するのが難しい潜在意識をどうすれば乗りこなすことができるのでしょう?

 

 その最初の一歩は、自分の潜在的な行動、思考をありのまま認めることから始めるしかありません。

 

 私たちは意識が起きているにも関わらず、潜在的にものを言ってしまったり行動してしまったりします。

 

 それらの潜在的な自分は、自分で気づいているものもあれば、気づいていないものもあります。

 

 そして、その多くはネガティブな方向性が多いものです。

 

 例えば、エゴとか優越感、嫉妬、羨み、力への依存、力への欲求、自己否定、弱さ、忍耐力の無さなど数え上げ始めたら切りがないかもしれません。

 

 多くの人は自分の弱い部分に意識を当てることを好みません。

 

 自分の弱さを認めてしまうと自分と言う存在そのものがとても弱いものに感じられてしまうからです。

 

 自分の中にある醜い側面を見つめて制覇するのには勇気が必要だと感じる場合が多いでしょう。

 

 それらのネガティブな方向に向いている潜在的な動きは、すでに自分の内面にあるものですから、それを認めないと鎮静しにくいものだと言えます。

 

 また多くの人は自分の中にあるネガティブな部分から振り回され過ぎないように、理性という自意識を使って必死になってコントロールしようとする傾向にあります。

 

 怒ることが嫌いな人は、できるだけ感情を荒立てることを阻止しようと努力します。

 

 それと同じように泣くのが嫌いな人は限界まで葉を食いしばって泣かない努力をします。

 

 そして躍起になってコントロールしようとすればするほど逆にネガティブなことに意識を当ててしまうので更にコントロールしにくい状態へ入ってしまいます。

 

 この「制覇する」「抑制する」というアイデアはあまり役に立ちません。

 

 特に数え切れない程のネガティブな意識があるように感じられる場合はなおさらです。

 

 では感情の動きを水の流れに例えて書いてみましょう。

 

 塞き止められていた水が、小さな亀裂を通して漏れ出すと、その小さな裂け目が次第に大きくなってゆきます。

 

 その裂け目に向かって後ろに溜まっている水の圧力がかかり、それが臨界点を超えてしまうと、裂け目は一気に崩壊して勢いよく水が流れ出してゆくことになります。

 

 ここでしっかりと覚えていおくべきことは「感情は水の流れのように動いてゆくものだ」ということです。

 

 感情を英語では「エモーション」というのですが、その言葉の基本になっている部分は「モーション・動き」という意味で す。

 

 感情は目には見えない、形のないものです。しかし感情には「エネルギー・力」があります。

 

 自分の内面で生まれて養ってきた感情は、ある程度の大きさ、質量になると、外に向かって出て行く方向へ動くということです。

 

 何か最後で感動する内容の映画を観ているとしましょう。

 

 少しずつ心が動き始めて、感動する場面に沿って感情が高まってゆきます。

 

 そしてクライマックスで感動の極地に行き当たってしまうと、涙が溢れて停まらなくなったり、身体が震えてしまったりします。

 

 それと同じように怒りの感情や、悲しみの感情も、内面の中で抱えることができる大きさを超えてしまうと、猛烈に怒ったり、泣き崩れてしまったりして表現される方向へ動くのです。

 

 感情はエネルギーです。

 

 そしてこの感情のエネルギーは意識と肉体と、波動的な肉体の中に貯蓄されます。

 

 塞き止められたいた感情が崩壊して流れ出した後に体験するのは「気の抜けた」ような状態です。

 

 そのまま呆然としてしまったり、眠りに入ってしまったりします。

 

 赤ちゃんが寝る前にぐずって泣くのも同じ原理です。

 

 眠りに落ちたいけど寝れない時に、溜まってしまっているエネルギーを発散するのです。

 

 自分の感情の波と上手くつき合う方法は、感情のエネルギーの発散の仕方を覚えることです。

 

 多くの人は限界まで引っ張って塞き止めていた感情の栓を開けてしまうので、時と場所、そして相手に構わず暴走してしまいます。

 

 問題が派生するのは、相手に感情をぶつけてしまうからです。

 

 感情と感情をぶつけ合うとさらにエネルギーを生んでゆくので逆効果になります。

 

 自分の感情が何かの理由で高まっている時は、そのエネルギーを別の形で発散する、放電することによって必要以外の衝突を避けることができます。

 

 少し疲れるくらいに早歩きで街の中を歩いてもいいし何かの運動をして汗を流すことでも構いません。

 

 会社の中などだったら場所を変えて人のいない場所で思いっきり叫んでもいいし、壊れても差し支えのないものに当た ることもできます。

 

 要点は「感情のエネルギーを吐き出しそうになった時には、人間や他の生き物に向かってではなく、別の何かに向けて出してしまう」ということです。

 

 

 

感情や思考エネルギーの交換

 

 感情はエネルギーで、それは内面からふつふつと沸き上がってきます。

 

 人間は感情によってもエネルギーをつくりすのです。

 

 そして私たちの思考、考える行為も同じようにエネルギーを生み出します。

 

 思考の場合は頭の中で生まれます。思考と感情は結びついているので、考えている間に感情が湧き上がってきて、思考と感情が同じ方向に向かって動き出すと、とても力強いエネルギーへと変わってゆきます。

 

 そのエネルギーが上手く使われないと、内面の中で行き場を失い、最終的には爆発するように外へ出て行こうとするのです。

 

 多くの人達は、この感情のエネルギーと思考の動きに振り回されていることが多いのです。

 

 頭の中で何か嫌なことを考え始めると、次第に感情がそれに 上乗せされ始めて、その内に誰かに話しを聞いてもらわなけれ ば気が済まない状態になってきます。

 

 これが「もう頭に来る!」「頭に来たぞ!」というものです。

 

 この段階になってしまうと自分の理性ではコントロールがつきにくくなり、自然な成り行きで誰かに聞いてもらいたくなるのです。

 

 これが更に酷くなり苛々が増してくると、この感情と思考のエネルギーを誰かにぶちまけたくなるのです。

 

 血気の多い人になると、頭に来ているという理由だけで、近くにいる人や、側を歩いている人に意味なく八つ当たりをはじめたりします。

 

 頭で色々なことを考え始めて終止がつきにくくなると、次第に精神的にストレスを感じるようになります。

 

 感情も同じように内面で自分の感情を上手く処理できない状態になってしまうとストレスになります。怒りの場合でも、悲しみの場合でも同じです。

 

 この二つが合流して体全体に広がり始めると、肉体もストレスを感じるようになります。

 

 怒りの感情の場合は苛々したり、貧乏揺すりを始めたり、頭を掻き始めたり、動作が荒くなったりしはじめます。

 

 悲しみの感情の場合は口数が少なくなったり、首がうなだれはじめたり、やる気がなくなったり、酷い場合には自閉症のよう に自分の殻の中に閉じこもりはじめ、悪化すると自分で自分を痛めつけるような行為、肌を引っ掻いてみたり、傷つけはじめたりします。

 

 内面の意識の不安定さは、精神的にも感情的にも肉体的にも ストレスになるのです。

 

 自分の内面の動きや、意識の状態に全く関心の無い人達は、潜在意識の働きから自分で生み出している思考、感情のエネルギーに振り回されながら人生の大半を過ごすのです。

 

 これらのストレスの元になっているのが自分の幼少の頃に無意識的に学んだことだと知らないので、誰かが自分をそのような状態、怒りの状態、悲しみの状態にしたと思って感情のエネルギーを駆使して攻撃してしまうのです。

 

 世界観の狭かった頃の経験を通じて養われた、無意識的に学んできた思い込みの論理を基本に して、その後の人生も歩んで行くのです。

 

 そういった人間の生み出す、思考と感情のエネルギーを考えてみましょう。

 

 多くの場合はそのエネルギーをネガティブな方向性で無駄に使っていて、そのエネルギーの無駄遣いで疲れてしまっています。

 

 精神的に疲れてしまった場合は、まず最初はリラックスすること、自分の精神が安心する状況を望むでしょう。

 

 更に精神のバランスがぐらついている場合は、それを埋め合わせるために、誰かに頼りたくなったり、支えて欲しいと感じます。

 

 感情的な場合でも、誰かに優しくされたり、近くにい て欲しいと感じたり、愛されたいと思います。

 

 ではどうして精神的にも感情的にも、肉体的にも疲れてしまう前に、何か方向転換をする努力ができないのでしょうか?

 

 多くの場合は、それらのアンバランスさに引き込まれてしまうので、自分のことも、周囲のこともあまりよく見えなくなります。

 

 あまりにも思考や感情のエネルギーのバランスが悪くなってしまうと、そのことだけに意識が集中しやすくなるのです。

 

 それが更に進んでしまうと、自分の思考や感情の流れの中で溺れてしまう、絶えずこのことを考えてしまう、絶えずその感情を感じ続けてしまうようになります。

 

 マイナス思考とマイナスな感情のエネルギーの渦の中に取り込まれていって、そこから抜け出しにくい意識状態に浸り続けてしまう傾向になってしま うのです。

 

 サイキック的な観点からそのような意識の状態を、肉体とそれを包んでいるオーラも含めて全体的に視てゆくと、とても面白いことが視えてきます。

 

 後のオーラの構造の部分でも書きますが、思考や感情のエネルギーの流れを波動的に捉えて、それをサイキック的な視点で追いかけていくと、オーラの中に異変 が視られるのです。

 

 思考や感情のエネルギーとその動きというは、身体の中だけではなく、オーラの中にも現れ、その人の全体性に影響を与えているのです。

 

 この普通の視界では視ることが難しいオーラの動きと人間関係を視てゆくと、人と人が交流している間に、オーラに現れる色や光りかたの度合い、パターンの現れかたなどが変化するのです。

 

 思考や感情のエネルギーを波動として捉えてみると、私たちは何かしらの交流を通じて波動の交換、やり取りをしているということが視えてきます。

 

 思考や感情の動きはコミュニケーションが行われていく中で、人と人の間を波動的として行ったり来たりさせて崩れているバランスを保つ動きをするわけで す。

 

 前にも書きましたが、私たちは誰かとコミュニケーションを行うだけで元気になったり、落ち込んだり、怒ったり、悲しくなったりします。

 

 そして感情はエネルギーであり、人間の意識状態と精神状態、そして肉体の状態に影響を与える力を持っています。

 

 それらのことを踏まえて思考や感情そのものを捉えてみた時に見えてっくる姿というのは何でしょう?

 

 それは波動です。

 

▶︎「自己充足の大切さ」に続く